ダライ・ラマと過ごした3日間~サンガ「坊コン」ダライ・ラマと過ごした3日間

ダライ・ラマと過ごした3日間

宗派を超えてお坊さんと仏教について気軽に語り合える「坊コン」が、2019年2月20日(水)に日本橋のルノアール貸会議室にて開催されました。

寺ネット・サンガのお坊さんである臨済宗建長寺派の藤尾聡允さんは、ダライ・ラマ来日の際に3日間、通訳として対応されたご経験があり、今回はその貴重な体験をお話くださることに。ダライ・ラマ(以下より14世は省きます)と直接会って話すことができるのは限られた人だけですから、一体どのような人物なのかと興味深く思う方も多くいらっしゃったようで、いつもにも増して多くの参加人数となりました。


ダライ=大いなる海  ラマ=師
現在は政治的亡命状態にあるダライ・ラマ14世。幼い時に選ばれ、ダライ・ラマとして生きてきたその人生は波乱万丈。ノーベル平和賞の受賞者であり、チベットの代表、宗教的指導者として世界的に有名な方です。

「初めてお会いした当時は75,6歳でしたが、力強い声でしっかりした声量で、でもとても穏やかな語り口で話されているのが印象的で、周囲の方、一人ひとりに声掛けをして、丁寧に対応していらっしゃいました」藤尾さんがダライ・ラマと会った第一印象をお話しくださいました。

ある時、外国の記者がダライ・ラマを怒らせるような挑発するような質問をしてきたことがあったのだそう。それでも、声色を変えることなくいつも通りに丁寧に答えてたダライ・ラマの答えを通訳しながら、すごいなぁと思っていた藤尾さん。
「あなたは腹が立つことや、怒ることはないのですか?」と聞いたみたところ、
「もちろんあります。でも私はそれを静める方法を知っているだけ。あなたも禅僧だから知ってるでしょう?」と答えられたというエピソードなどを披露してくださいました。

ダライ・ラマと過ごした3日間~サンガ「坊コン」ダライ・ラマ~慈悲の教え

ダライ・ラマ~慈悲の教え

藤尾聡允プチ法話「ダライ・ラマと過ごした3日間」より一部抜粋 


仏教には6000種以上の経典があります。
その全ては各人の本心(禅的には本来面目)、すなわち仏心を説いています。
もし仏心がわかれば(悟れば)あらゆる経典を読破したのも同じことです。
悟った人をブッダといいます。
ブッダ=悟りを開いた人であり、これは普通名詞です。
貪らない、偏らない、こだわらない、和顔愛語、穏やかな表情丁寧な言葉・・・そういう意味では、マザー・テレサもナディア・ムラドもダライ・ラマもブッダと言えると思います。

他人が苦しんでいる姿を観て、自らのこと家族のことのように思う心、何か自分にできることはないか考え、そして実践する心、それを表した姿が観音様です。ダライ・ラマはそういう人でした。

無常の世界では常にブッダで居ることはできません。
体調が優れないとき、ストレスが重なった時、ブッダでいられなくなってしまうこともあります。
だからこそ常に心を整えるもの、拠り所となるルーティーンが必要です。
私たちでいえば坐禅。
私たちはパートタイム・ブッダでいいと思います。
電車の中で席を譲ったり、家族と過ごすとき、お客様や同僚と接するときなど、要所要所でブッダになれていればいいと思います。
フルタイム・ブッダはお釈迦様やマザーテレサ、ダライ・ラマの様な非凡な人です。
それでも体調などのコンディションにより100%ではなく90%、時には50%の時もあったことでしょう。
彼らでも時にはブッダでいられない状態になることもあったと思います。
そういう時は自ら注意して行動していたのではないでしょうか。

ダライ・ラマにお会いして、今日の自分の心身のレベル、コンディションを知り、言葉や行動に注意する。
そういうコンディショニング手法を持つこと、それを実践することが大切だと思いました。

「私も怒るときがある。でも心を整える方法を知っている」(ダライ・ラマ

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ダライ・ラマと過ごした3日間~サンガ「坊コン」ダライ・ラマにならって~身体の声を聴く瞑想

ダライ・ラマにならって~身体の声を聴く瞑想

「坊コン」後半は心を整えるイス坐禅体験です。今回は分析的瞑想の一つである「身体の声を聴く瞑想」をご指導いただきました。
手を軽く腿の上に置き、目を閉じて姿勢を良くします。自分の呼吸を聴くようにゆっくりと吸って、さらにゆっくりと吐いていきます。藤尾さんの優しい声に導かれながら、薄暗くなった部屋で暫し瞑想の時間を過ごします。

「自分の体に聞いてみましょう。疲れていることろは何処か?痛いところはないか?そしてそこをいたわってあげましょう。感謝してみましょう」
5分ほどの本当に少しの時間だったのですが、目を開けてみると、心が落ち着いて、不思議な安心感に包まれているような気がしました。東京都心のビルの一室であることを忘れてしまうようなほどの穏やかな静けさです。
藤尾さんは「この瞑想をすると寝つきが良くなるという方が多いんですよ。今日はイス坐禅でしたが、眠る前にベットで寝ながらやる臥禅も効果的です。ぜひ実践してみてください」とお話しくださいました。



〇お坊さんとディスカッション
グループに分かれて、今日の身体の声を聴く瞑想(ボディ・スキャン瞑想)について話し合いました。各グループに配されたサンガのお坊さんを中心に話を進めていきます。

・もっとゆっくりと時間をかけて瞑想をしてみたい
・日常でない深い呼吸をしてとても新鮮だった
・普段の生活でこういった深い呼吸をする機会を作るにはどうすればいいのかな
・忙しすぎて自分をねぎらうようなこういう時間がなかったのでもっとこういう時間を作りたい
・瞑想中、頭の中を無にするのは難しかった
・「がんばりすぎないでね」という自分の心の声に癒された
・心の声で「そのままでいいよ」という声が聴けた
・パソコンはスマホを見てばかりで目がつかれていたので、目に感謝した
・姿勢を正すことの良さに改めて気が付いた
・身体を意識しながらの瞑想中は、意識した場所が熱く感じた

などの感想が聞かれました。


〇まとめ
瞑想中にどうしても雑念が現れてしまうという場合、無理に“無にしよう”と努める必要はないと藤尾さんはいいます。「ふっと“無になる”時間がある・・・そういう経験が出来ればいいのではないでしょうか。ただし、妄想はいけません」瞑想中にいいアイディアが浮かんでくることを目的に瞑想される方もいるのだそうです。

サンガのお坊さんのお話では、宗派によって瞑想のやり方や、坐禅の際の内面的な対処の仕方などに違いがあるとのこと。方法に違いはあれど、どの瞑想も姿勢を正し呼吸を整えることから始まります。
まずは瞑想を自分の心をコントロールする術の一つとして、ルーティーンにしてしまう。

お坊さんはお経を詠むことや坐禅をすることが日々のルーティーンとなっている方達ですが、私達一般人はなかなかそうはいきません。でも、坐禅会に出られない状況の方でも、闘病中で横になっている方でも、心を落ち着けて瞑想することはいつでも何処でも出来るとわかりました。
「フルタイムでなくていいんです。パートタイムでいいのですよ」という藤尾さんらしい言葉が印象に残りました。藤尾さんの言う通り、パートタイムだったら、誰もがダライ・ラマの様になれるのかもしれませんね。


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