寺ネット・サンガ「坊コン」「こんな供養は○○だ!」  藤尾聡允さんによるプチ法話「供養と心」

藤尾聡允さんによるプチ法話「供養と心」

お坊さんと直接語り合える場「坊コン」。
『こんな供養は〇〇だ!』をテーマに、全6回行われる坊コンシリーズの第3回目が、5月21日に行われました。今回のテーマは「クヨクヨしない供養 仏壇と位牌について考えよう」です。

プチ法話は横須賀市 独園寺副住職(臨済宗建長寺派)藤尾聡允(ふじおそういん)住職。「心」に焦点を当てて『供養』についてお話をしてくださいました。大きな紙に手書きで説明のための資料を作ってきてくださった藤尾さんは優しい笑顔の禅宗(臨済宗建長寺派)のお坊さんです。海外在住13年の元銀行マンという異色の経歴の藤尾さん。お寺では得意の英語を活かした外国人向けの座禅会が人気です。



《藤尾聡允(ふじおそういん)さんのプチ法話のあらまし》

「皆さんのご先祖様はいったい何人くらいいると思いますか?」藤尾さんが手に持った絵本には、何人もの人が集まっている様子が描かれていました。
 「ちょっと遡っただけでも多くのご先祖様がいて、さらに何千年もさかのぼると数えきれないほどのご先祖様がいらっしゃるのです。どの方もそれぞれの時代を生き抜いた方です。これらのご先祖様が今いるところ、それが天国、浄土や極楽などと呼ばれる所なのです。そして、それらの場所に魂をお送りすることが仏教などの宗教の葬儀の作法です」と『宗教葬』書かれた文字を指しながらお話くださいました。

○宗教葬・無宗教葬
「『宗教葬』はそれぞれの宗教を拠り所として行われるものです。”自然葬”などは宗教とは違うと思われがちですが、実は宗教に近いもの。なぜなら宗となる教えが宗教の本質であり、人を安心させるものは宗教という範疇に入るからです」

”直葬”でも、家や炉の前でお経をあげてから火葬する場合は「宗教葬」の簡素化したものと捉えられるのだそう。この場合「魂は空(くう)になる」という理念があるので、どちらかというと宗教の範疇に入るのではないかと藤尾さんはおっしゃいます。

 「一方で『無宗教葬』というものがあります。”千の風になる”、”音楽葬”などがそれにあたります。無宗教ではあっても、自分なりの信条や哲学に基づいて弔います」

ところが最近、供養せずに直接散骨したり納骨してしまうなど、何の理念もなく「直送」される方が、後々スピリチュアルクライシスに陥るケースが増えているのだと、藤尾さんは説明くださいました。供養しなかったことに対する後悔から、お寺を頼って駆け込んで来たり、親族とトラブルになって葬儀社に相談したりといったことも。藤尾さんのお寺でも去年は8件もあったのだそうです。

○命の教え
「生きていれば一生に一度や二度「死にたい」と思うほどの辛い事があるものです。でも、そんな時に心を立て直す核となってくるのは、身近に自分を愛してくれた人との想い出です。特に、子どもにはそういった体験が大切です」と藤尾さんはいいます。

「優しいおばあちゃんの死を目の当りにしたら子どもを悲しませてしまうと、お葬式に連れてこない親もいるそうです。でも、最初は「死」を怖いと思うかもしれないけれど、死をもって「命」を教えてくれるおばあちゃんのメッセージを、子どもに体験させてほしいのです。そういった悲しみの体験から、亡くなっても見守ってくれる存在があるのだということを実感することが出来るのですから。オレオレ詐欺等をする犯人たちの生い立ちを調べてみると、ほぼ100%葬儀体験がないのだそうです。あるいは墓参りの経験もないのだといいます」

そのことを藤尾さんは警察の勉強会で知りました。「人の死を経験していれば、お年寄りを騙すことなど考えないでしょう。子どもは親の背中を見て育ちます。お墓にお参りに行く、供養をする、ということをもっと大切に考えて欲しいと思います」とおっしゃっていました。

「誰でもみんな思いやりの種を持っています。でも、涙を流さなければ思いやりの種からは芽が出ませんし、花も開きません。親が自分の親を敬う姿や、親の死に涙を流している姿を子どもに見せることで、その子どもにも親を敬う気持ちが育まれるのではないでしょうか。
”命の教え”という観点からも、是非何らかの供養は継続的に行って欲しいですし、お墓があるなら、子どもにもお墓参りを体験をさせてあげて欲しいと思います」と藤尾さんは結びました。

寺ネット・サンガ「坊コン」「こんな供養は○○だ!」 供養コンシェルジュ樋口さんのお話

供養コンシェルジュ樋口さんのお話

位牌にしても仏壇にしても「魂入れ」「開眼供養」についての質問が多くあるのだそう。また、仏壇を誰が持つか?位牌を誰が持つかで問題が起こるケースもあるなど、具体的な例を出してお話くださいました。

位牌や仏壇を新たに買った際に、お坊さんにお経をあげてもらったりするが、自分の家に来てもらえない場合はお寺に持っていくのか?
位牌を2つに分けてもいいものなのか?
・戒名が無い場合の位牌には生前の名前が書かれるが、そこには魂は寄りますか?
など。お坊さんでなければ答えにくい質問が多くあるのだそうです。


寺ネット・サンガ「坊コン」「こんな供養は○○だ!」 坊コン談義

坊コン談義

休憩を取ってからは坊コン談義です。テーマは「私が思う『先祖とのつながり』もしくは『魂』について」また「ひとこと言いたい!一度聞いてみたい!」などのご意見もOKという、比較的自由な意見交換のグループディスカッションタイムです。各グループにはお坊さんが必ず一人入ってリード役になります。以下が皆さんから出たご意見の一例です。

私が思う「祖先とのつながり」
・先祖に対する意識を持った
・自分もおじいちゃんになるんだなあと思った
・30代も遡ると、実はみんな元は一緒のルーツにたどり着くのかもと思った
・先祖を調べると自分との縁を感じる
・子孫を作ることも大切なのかも
・先祖を想うことで自分が生きていく上での安心になる
・ご先祖様とのつながりが絶たれてしまうことは悲しいと思う
・先祖とのつながりを想うと、今いる自分の存在をより大きく感じられるようになる気がする

私が思う「魂」について
・魂入れは位牌にするものであって仏壇はただの箱なのではないか
・使いこんでいくことでモノに魂が込められるように、位牌も毎日拝むことで魂が宿るのでは
・お坊さんは毎日仏様を拝むことによって、仏様やお不動様から力を得ているのではないか

「ひとこと言いたい!一度聞いてみたい!」
・法事の際、お布施が少ないと突き返されたことがある。それって普通のこと?
・魂は孤独死した場合はどうなるのか?


お坊さんへの質問コーナーでは・・・

「宗派が違う場合でも、一つの仏壇に一緒に並べて入れてもいいのでしょうか?」
「仏壇を置く場所は上に階段があるような場所には置いてはいけないと言われるがどうなの?」
位牌とは何なのか?」
といった質問がありました。それに対して、各宗派のお坊さんからは率直なご意見が出ていました。寺ネット・サンガの醍醐味は宗派に関係なく、いろいろなお坊さんの意見をダイレクトに聞ける貴重な場だというところ。どのお坊さんも気さくに相談に応じてくださいます。今回の坊コンも笑いがいっぱいの楽しい雰囲気の中で終了となりました。

次回の寺ネット・サンガの坊コンは・・・7月23日(木)築地本願寺にて行われる予定です。


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