寺ネット・サンガ 過去のイベント一覧
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お寺の庭づくりワークショップ 「浄土」の報告です
坊コン
2026-01-28
寺ネット・サンガ代表 吉田住職の永寿院では「お寺の庭づくり」をテーマに毎月1回の連続講座を開催し、実際の庭づくりの過程を学んできました。 1月は「浄土」(庭づくりの土つながり?)をテーマに、寺ネット・サンガでおなじみの僧侶の方々にもご登壇いただき、コラボレーション企画として各宗派の浄土観を語っていただきました。 皆さんのお話が深すぎてで簡単にまとめられないのですが、ごく一部分として 浄土真宗本願寺派の松本さんは、浄土とは場所でさえない、悟りの働きそのものであり 私が私から解放されてとかれていき、どんな姿にもなれる、などとお話いただきました。 真言宗の増田さんは「真言宗では浄土はここです!」と一言のあと 色々ご説明いただき目覚めによってこの世に現れる仏の世界、などとお話いただきました。 ほかにも日蓮宗のかた、真宗大谷派のかたもご登壇いただきそれぞれの浄土観をお聞きし その内容を同時に吉田住職が壁に貼った紙にまとめていくというライブ感あふれる法話会でした。 少し難しかったですが、聞いていた皆さんは違いがあることが面白いと感想をおっしゃっていました。 僧侶のかたは語り足りない面もあったようで、もしかしたら続きがあるかもしれません。 その時はまたお知らせいたします。 寺ネット・サンガ事務局 樋口
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浅草散歩 「べらぼう」ゆかりの街めぐりの報告です
坊コン
2025-11-19
お天気にも恵まれた中、大河ドラマをきっかけにして吉原の面影をたどってきました。 まずはべらぼう江戸たいとう大河ドラマ館で予習 ↓ 蔦屋重三郎の菩提寺、正法寺に参拝 ↓ 吉原へ向かった船や、土手の跡地を当時を思いながら歩く ↓ 吉原大門・見返り柳 ↓ 吉原新耕書堂(耕書堂を模した観光拠点の施設) ↓ 九郎助稲荷が合祀された吉原神社 なんと、ドラマ館に行くと、無料で乗車できる、蔦屋重三郎ゆかりの地をめぐる循環バスを利用できます。 また、期間限定で「手ぬぐいスタンプラリー」を開催中だったので、無料で手拭いをいただき、正法寺などでスタンプを押して楽しみました。 いくつになっても、こういう企画は楽しめます。 皆さん、浅草には何度も訪れていても、吉原の方まではなかなか行く機会がなく ほとんどの方が初めてでした。 江戸時代の地図を見比べながら、当時の賑わいや、遊女のかたに思いをはせ 吉原神社にお参りしました。 当日は偶然一の酉。 鷲神社周辺は出店でにぎわい、お参り希望の方はそのまま「おとりさま」に向かいました。 ほかのメンバーは駅の方へ戻り、ポッピーで下町気分を味わい、楽しい1日となりました。 吉原めぐりの動画 https://youtu.be/5aG0-XhetQI
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11/6(水)「坊コン」セカンドライフの報告です
坊コン
2025-02-18
浄土真宗本願寺派延立寺・松本智量さんの法話で、 セカンドライフについて皆で考えました。 松本さんはボクシングの那須川天心やウディ・アレンの映画、トルストイの言葉などいろいろな例を出しながら、分かりやすく語ってくださいました。 退職・転職・結婚・離婚・死別・・・セカンドステージへの転機はいろいろあります。 その時、苦しみとなってしまうのは何か? 松本さんは、前の経験へのこだわり、力みなどであり たとえば、退職後の再就職なら、経験を生かしてやろう、若い人に教えてやろう、というようなことだとおっしゃいます。 力みは欲や荷物ともなり、それを手放すことでセカンドライフの質を高めることが出来ると語ってくださいました。 人生で軽くなること、手放すことで次の世、浄土(セカンドライフ)に安心していかれるようです。 その後、グループごとに「わたしの捨てられないもの」について懇談。 お坊さんがたは本や資料などが捨てられず山積みとか。 趣味のもの、大切な家族など、皆さん自分を振り返って楽しく懇談なさっていました。
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「お坊さんと今年を振り返って」
坊コン
2023-12-09
2023年12月4(月)東京駅前の貸会議室にて寺ネットサンガの今年最後の坊コンが開催されました。早いもので2023年もあとひと月で終わります。今回は「ゆく年くる年」と題して、浄土真宗本願寺派、松本智量(まつもと ちりょう)さんが、一年を締めくくった法話をお話くださいました。映画や音楽に造詣が深い松本さんが語る2023年とは・・・。 【今年を振り返って~浄土真宗本願寺派・松本 智量】 「先ずは、今年亡くなった方々を思い返してみようと思います・・・」と宗教界、音楽界、文学界での著名人のお名前を数名挙げられました。松本さんにとっては、その中でも特に山田太一さんの死がショックだったそうです。 週に1冊は本を読み、ドラマや映画をこよなく愛する松本さんは、若い頃から山田太一さんが大好きで、最も影響を受けた一人でした。 「特に『男たちの旅路・車輪の一歩』は衝撃的でした。“人に迷惑をかけるな”ということが常識だったその頃の世間に対し、それは間違いだと言い切ったのです。『人に頼らないと生きられないのなら人に迷惑をかけていいのだ』と。人に頼って生きていくことを障害者が引け目に感じてしまう現状を、社会への問いかけとして語る様に驚きました。しかも50年前の話ですから、すごいことです」 そんな山田太一さんが書いたエッセーを読んだ松本さんはお坊さんとしての在り方の光を得ます。 「山田太一さんはエッセーのなかで、僧侶に対しては何の期待ももっていない。通俗的な道徳話、あるいは身に響かない話ばかり聞かされてきた。けれど、ただ一人感銘を受けた僧侶がいたとありました。それは、ある法事で出会った認知症かと思われる老僧でした。法話は脱線するし何度も繰り返されるその老僧の話を皆じっと聞いている。やっと総代らしき人が「和尚、もういいでしょう」というと、その老僧はすっと話を止めた。山田太一さんはそんな姿を見て頭が下がる思いだった、と書いていました。 このエッセーを読んだときはもう40代になっていましたが、自分も上辺だけの話しかしてなかったと気づきショックを受けました。山田さんが感銘を受けたという老僧は、飾らず自分の老いる姿をさらけ出して“老いとはこういうものだ”と現していた。私はわが身をさらけ出せているだろうか? 素の自分をさらけ出して自分がここにいるんだと言うことをちゃんと示せる・・・それがお坊さんとして生きるっていうことなのではないか。 なかなか難しいことであり、今でも出来ていませんが、少しでもそんなお坊さんに近づきたいと思っています」
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未来の仏教を展望する
坊コン
2023-11-03
2023年10月25(水)東京駅前の貸会議室にて寺ネットサンガの坊コンが開催されました。 今回は堪能な英語で海外の方々にも積極的に坐禅のご指導をしている臨済宗建長寺派の藤尾聡允さんに「心の安らぎ: グローバル社会における仏教と禅の智慧」というテーマでお話をしていただきました。 法話『未来の仏教を展望する』~臨済宗建長寺派 独園寺 藤尾聡允さん 藤尾さん主催のオンライン坐禅会は今年で4年目を迎えました。 毎週土曜にご自身のお寺(独園寺)で開催していたリアル坐禅会は2020年、コロナ禍の影響で開催が難しくなりました。そこで、藤尾さんはすぐにオンライン坐禅会へとシフトさせました。インターネットで世界中の方々と容易に繋がると、藤尾さんの坐禅会はますますグローバルなものになっていきます。 そんな折、藤尾さんは体調を崩し、がん宣告を受けることになります。しかし過酷な状況にもかかわらず、手術後も休むこともなくオンライン坐禅会を開催しました。オンライン坐禅会参加者のなかには国籍を問わず、余命宣告をされている方や、心や体の病に苦しんでいる方がいたからです。彼らの存在が、4年間休むこともなく坐禅会を続けてきた藤尾さんの行動力の後押しとなりました。 藤尾さんのリアル坐禅会に参加されている方の中には、海外の大学院の教授や医療関係者が多くいらっしゃいました。コロナウイルスがまだ、未知のものとされていたとき、不安や苦悩を抱える世界中の人たちが、心の平穏に役立つ禅に興味を持ちだしました。コロナウイルスの脅威と未来への不安が増す中で求められたのは、坐禅がもたらすマインドフルネスの重要性だったのです。
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AIと問答
坊コン
2023-06-30
2023年6月28(水)、日本橋の貸会議室にて寺ネットサンガの坊コンが開催されました。 今回のテーマはなんと!「仏教とAI(人工知能)」です。 最近、俄かに注目されている“ChatGPT”。 AI(人工知能)が我々の生活に及ぼす影響は、映画のストーリーや近未来の話ではなくなってきました。 そのChatGPTに仏教に関する質問をするとどういった回答をくれるのでしょうか? 本日の法話は寺ネット・サンガ代表の吉田尚英さん(日蓮宗 永寿院住職)です。 まずは、「AIには心の領域を人工的に生成できるのか?」という点からお話頂きました。 吉田さんは実際にChatGPTにしたそうです。 質問内容は以下の通り。 ・AIは心を持つことができますか? ・AIは仏になれますか? ・AIは神になることはできますか? ・あなたが持っている仏教に関するデータ量はどのくらいですか? ・AIに限界はありますか?
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「お寺がなくなったら・・・」寺ネット・サンガ「坊コン」
坊コン
2022-10-20
10/17日(月)今年3回目の寺ネット・サンガの「坊コン」が開催されました。 テーマは「お寺がなくなったら・・・」 お寺がなくなったらどんなことが起こるか?今回の坊コンは「寺院消滅」について考えます。 お寺がなくなっても私たちの生活には何も関係ないのでしょうか。 法話は寺ネット・サンガ代表の吉田尚英さん(日蓮宗 永寿院住職)です。 コロナ禍で縮小傾向にあるお葬式や、様々な形態のお墓が出てきた現況を鑑みて、今後のお寺やお坊さんのことについて吉田さんがお話くださいました。 ************************** 〇「お寺がなくなったら・・・」吉田尚英さん 全日本葬祭業共同組合連合会の「お葬式に関するアンケート」の結果では、家族葬(参列者が家族、親族に限った葬儀)を希望すると答えた人が66.9%と7割近くあったと佛教タイムズにありました。 高齢化が進んだことやコロナの影響にも後押しされて、葬儀の縮小傾向は高まってきているようです。お寺側もそのことを身近に感じているのではないでしょうか。これらの現状踏まえ、これからのお寺の存続について私なりに3つに分類して整理してみました。寺院消滅?!にならないようにするためには・・・ 参加されたみなさんのご意見とお坊さん側の意見、葬儀社さん側のご意見も交えて話あってみたいと思います。
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いまだにいる「ひどいお坊さん」~寺ネットサンガ「坊コン」
坊コン
2022-07-02
2022年6月29(水)、日本橋の貸会議室にて寺ネットサンガの坊コンが開催されました。 坊コンは2020年2月以来オンライン開催を余儀なくされてきましたが、2年ぶりの「リアル坊コン」です。実際に顔を見ながらお坊さんの話を聞いて、直に参加者の方々と意見交換ができるのは良いものです。今回、貸会議室の広さもあって、予め参加は予約制でしたが、早々と埋まってしまったほどでした。 今回のテーマは「いまだにいる『ひどいお坊さん』」。登壇したのは寺ネットサンガ代表を務める吉田尚英(日蓮宗)さんです。 【アンケート事例】 全日本葬祭業協同組合連合会「葬儀にかかわる僧侶の実態調査」(2022年実施)のアンケート事例を紹介。 “僧侶が遺族に対して失礼な態度を取ったり、遺族に寄り添いがないと感じた経験がある”という設問に「大いにある」「少しある」と回答した葬儀社が5割にも上っているとのこと。 勝桂子氏が『いいお坊さん ひどいお坊さん』を上梓した2011年と変わらぬ「ひどいお坊さん」がいまだにいると問題提起をされました。
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三囲神社と弘福寺めぐり
坊コン
2022-03-29
2022年3月26日(土)に武蔵野文化協会さんとのコラボ企画「言問団子と黄檗宗弘福寺をめぐる」が開催されました。 武蔵野文化協会さんは寺ネット・サンガ代表の永寿院万両塚の発掘をしていただいている松原さんが参加されています。今回はスカイツリーのおひざ元、墨田区向島周辺を案内くださいました。 桜の花が咲き始めた都内。この日はあいにく風の強い桜ぐもりの一日でしたが、参加者の皆さんと談笑して歩きながら散策を楽しみました。 東武線とうきょうスカイツリー駅に集合し、三井家ゆかりの三囲神社に向かいました。私は「みついじんじゃ」だと思っていたのですが「みめぐりじんじゃ」と読むのだそう。 三井家は江戸時代に越後屋を創業した豪商です。三井の井を□が囲んでいるということで“三井家を守る”ということ。また、向島が越後屋のあった日本橋から鬼門になる東北の方角に位置していたことから三井家の守護社となったのだそうです。 境内を入ると狛犬のお隣にはあのライオンの像が!池袋の三越があったころに三越デパートの前に鎮座していたライオン像をこちらに移したのだそうです。スフィンクスのようなお役目を狛犬の隣で守っているのでした。 境内はなかなか趣があり、裏手には三角鳥居があったり、お稲荷様のお社がいくつもあったりと不思議な空間が広がっています。思わず金運アップのご利益を期待してしまいました。
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12/21 お坊さんと歳忘れ かくし芸大会
坊コン
2021-12-22
今年最後のイベントとして、「お坊さんと歳忘れ かくし芸大会」を行いました。 どんなかくし芸を誰が用意してくれるかは当日までわからぬまま、 お坊さん4名と一般4名の8人がかくし芸の披露となりました。 皆で今年を振り返ってから、かくし芸が開始。 真言宗、名取さんの、TikTok風にお地蔵様とメッセージの作画や 浄土真宗 松本さんの錯視を利用したマジック 日蓮宗の寺ネット・サンガ代表、吉田さんのギターの流し風弾き語り 真言宗 増田さんのマジック・・・ではなく超能力披露 の他 事務局からは 会計の「都市伝説」 事務局長の「最短 日本昔話」 ライターさんとデジタル担当のウクレレ&ものまね など 楽しい1時間半を参加者の皆さんで過ごしました。
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10月3日「オンライン坊コン」深いい法話と座談会
坊コン
2021-10-04
緊急事態宣言も明けた10月3日ですが、皆さまオンラインに集まっていただき、法話とグループ懇談の形式での「坊コン」を行いました。 法話は浄土真宗本願寺派 延立寺住職 松本智量さん。 独特の語り口と、予想できない展開になる法話が魅力です。 今回のテーマは「コロナ禍での葬儀」でした。 簡略化されている葬儀の中で、通夜の意味と意義を聞かれることもあるそうですが 「やらなければわからない・やればわかる世界がある」 と仰います。 私たちは頭での判断と理解で進んでいくことが多いのですが 判断と理屈に漬かりすぎてないか、と考えてみることが必要ではないか。 その小さな基準を超えた外に、大きな世界がある・・ ということから、仏教の教えへと続く法話をいただきました。
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寺ネットサンガ~永寿院ミニツアー
坊コン
2020-09-18
コロナ禍の中の現在、すっかり世の中の様相が一変してしまったような状況ですが、 やっと東京都での感染者数も落ち着きを見せはじめてきているようです。 これまでは三密を避けるべく、集会の制限を余儀なくされていた為、寺ネットサンガでも活動を自粛せざるを得ませんでした。そんな中でも、6月には会員限定のオンライン坊コンも2回ほど行い、実際には会えないけれど、お互いの無事を確かめあい、リモートではありましたが久しぶりの再会に話に花を咲かせることが出来ました。皆さんそれぞれのコロナによる生活の影響の話に一喜一憂したり、感染者への偏見の話や感染の恐怖、東京都から出ることが出来ないため、高齢の肉親に会えないことの不安にも話が及びました。 9月に入り、都内の感染者数も減少傾向となり、イベント人数規制なども緩和されつつあったため、実験的に都内在住者7~8名ほどでのミニツアーを敢行することになりました。 今回は寺ネットサンガ代表の吉田尚英さんのご寺である池上の永寿院にての開催です。 法話会では、密を避けるため、お堂内でも十分すぎるほどのソーシャルディスタンスを取って椅子を配置していただきました。 吉田さんも参加者の会員も、マスク着用でしっかりと手指の消毒を施し、お互いに少し緊張気味。それでも、半年ぶりに実際に会えたこともあり、皆さん笑顔でお互いの無事を報告しあっていました。
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法然という人がいた~寺ネットサンガ「坊コン」
坊コン
2020-02-12
令和二年2月6日(水)寺ネット・サンガ「坊コン」が日本橋のルノワール貸会議室で行われました。宗祖シリーズ第5回は「法然という人がいた」をテーマに浄土宗の吉田健一さんのお話です。 【鎌倉仏教のトップバッター・法然さん】 法然上人の話は「平家物語」の後半に出てくることでも知られています。 平清盛の五男の平秀衡が南都を焼き尽くします。その際、奈良の大仏を焼き落としてしまいます。後に政権が変わると、そのことで秀衡が重罪人として捕らわれてしまうのです。鎌倉(処刑される)に行く前に、願いを一つ叶えようと言われた際「法然に会いたい」と願い、法然と会う場面が出てきます。法然上人に「お念仏をお唱えすれば、誰でも必ず往生できる」と言われ、秀衡は覚悟を決めて鎌倉に処刑されに行くことになるのでした。 また、平敦盛の場面でも法然上人が出てきます。関東の荒武者である熊谷直実が、敦盛の首を斬ることになるシーン。紅顔の美少年と誉れ高い敦盛が、自分の息子とさして変わらぬ14~5歳頃なのを見て、殺すことを躊躇します。しかし、殺さないわけにもいかず首を取るわけですが、そのことを後悔に思い悩みながら、出家するために法然を訪ねます。腕の一本足の一本を落としてから来いと言われるのをも覚悟していたけれども、「お念仏を称えれば大丈夫」と言われ、その言葉に感銘を受けハラハラと涙を流したといわれています。 ここまでの話で「法然さんって“お念仏を称えなさい”としか言っていないじゃあないか」と言われそうですが、そうなんです。法然上人は「ただ一心にお念仏を称えなさい」としか勧めていないのです。究極、“お念仏を称える”ことにいきつくわけなのです。 ですから、法然上人の教えというのは、色々な人に、身分関係なく広まっていきます。 法然さんは円満で穏やかな方。そして「智慧第一の法然房」と言われるように知識の豊富な方です。その人がただただ大丈夫という。そのことに救われるというのが、私にはなんとなくわかるんです。理屈を並べてどうこうというよりも、切羽詰まった人が何を求めているか?ということに対して「大丈夫だよ」と言われたら安心する。 そんなことから宗教者としての懐の深さを感じています。 法然上人が鎌倉仏教の中でどんな位置付けにあるのかというと、平安末期から鎌倉にかけて活躍された方ですが、鎌倉仏教においては一番最初のトップバッターであるわけです。 元々比叡山で修行をされた方ではありますけれども、その中で「自分の救われる道は?」ということで、最終的にはお念仏にたどり着く。ただ、お念仏というのは別に法然上人のオリジナルなものではないんですね。あくまでも、インド、もっと言えば中国で栄えた浄土教を、日本において純化させ広めたわけです。それまではいろんな行をやることが良いこととされていたのを、法然上人が、「極楽浄土に往生するには南無阿弥陀仏と口で称えるお念仏が一番なんだよ”」ということをきわめて言った方なんです。法然上人自身がそのことに救われたわけですから・・・。 ただ、旧来の仏教を信仰している方々からすると、それは異端だということになったわけです。法然上人はもちろん革命を起こそうとか、他宗派を攻撃しようとか何とかということではなく、自分が救われる道はこうであるという中でそれを突き詰めていったところ、周りとの軋轢が生まれたんでしょうね。 南都の奈良仏教、あるいは比叡山でもそうですけれど、お釈迦様や薬師如来といったほかの仏様をないがしろにしているのではないかと批判されてしまう。あるいは、当時、鎌倉時代ごろは神仏習合が成立している時代でしたから、神様に関しても、否定したわけではないのに、ないがしろにしていると攻撃を受けてしまう。軋轢をうむことが法然上人の本意ではないのですから、上人は弟子たちに、他宗派を否定したりするなと、ずっと戒めてはいるんですね。 もともと、お念仏自体は以前からありました。浄土教は中国でも栄えたのです。それが中国から日本に来て、特に平安時代には日本でも浄土教が非常に栄えました。源信の「往生要集」もそうですし、宇治平等院なども極楽を模ったとも言われていますが、色々な人達が極楽を目指し、阿弥陀様をお迎えしようとする信仰がありました。当然「南無阿弥陀仏」という口称念仏も既にあったわけです。また、そのお念仏のやり方も、口で称えるのではなく、観想念仏など方法も色々とあったのです。もちろん法然上人もそういった他のお念仏のやり方にも触れています。元々、天台宗の比叡山で修行をされているわけですから。
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道元という人がいた ~寺ネット・サンガ 坊コン~
坊コン
2019-12-17
令和元年12月11日(水)、寺ネット・サンガ「坊コン」が日本橋のルノワール貸会議室で行われました。 宗祖シリーズ第4回は「道元という人がいた」をテーマに曹洞宗の前田宥全さんのお話です。 【比叡山での疑滞】 道元は正治2年(1200年)京都に生まれ、8歳の時に亡くした母の遺言の影響もあり出家得道しました。 当時の仏教界は、能力や教学などによって重要な役が決まるのではなく、世俗の権力が大きな影響を与えていたことに道元は葛藤を覚えました。 また、「本覚」思想(本来覚っている)を盾に修行不要論を唱えていた人々、もしくは実際に修行をしていない人々、さらには造悪無礙の振舞いをしていた人々への疑念も相まって、重要な教義である「本来本法性 天然自性身」(我々は本より法の性を持ち、生まれながらに自性の身である)について、「元々、法身であり、法性であるというならば、何故、諸仏は更に志を発し、修行をしたのであろうか」と道元は大いに疑問を抱きました。 これらの疑滞に対する明確な答えを得るために、道元は宋に渡ることになりました。 【阿育王山の老典座と出会い】 宋に渡った道元は、阿育王山(広利寺)の老典座と出会います。 道元は「如何是文字 如何是弁道」(文字とはどのようなものでしょうか、修行とはどのようなことでしょうか)と問いかけます。 その2か月後に再会した際に典座は、「文字を学ぶ者は、その文字の故実(作法・決まり・習わし)を知らねばならない。弁道を務める者は、弁道の意義を納得しなくてはならない」と答えました。 再度、道元は尋ねます。「文字とはどのような物でしょうか(如何是文字)」 典座は答えます。「一二三四五」 道元は尋ねます。「修行とはどのようなことでしょうか(如何是弁道)」 典座は答えます。「遍界はそのままで何も蔵すことはない(遍界不曾蔵)」 つまり、「如何なるか是れ文字」という問いに、「如何なるも是れ文字」と答え、 「如何なるか是れ弁道」という問いに、「如何なるも是れ弁道」と答えたのです。 問いそのままが、道理を表現しており、自己から発信された問いは核心につながるものであるということです。 『正法眼蔵「古仏心」巻』に説かれる「この問処、ひろく古今の道得となれり」という教えです。 【天童山の老典座からの学び】 天童山(景徳寺)老典座との出会いは、さらなる修行の自覚につながります。 道元 「どうして行者などのお手伝いを使わないのでしょうか」 典座 「他人を使っては、私の修行にならない(他は是れ吾にあらず)」 道元 「老僧の行っていることはまことに敬服いたします。しかし、天日はこのように暑いです。 どうして、今、この時間に(海藻を)干しておられるのでしょうか」 典座 「(天日干しに適しているのだから)更に、いつの時間を待つことができようか。 (更に何れの時をか待たん)」 天童山で出会った求道者からの学びから、『正法眼蔵「袈裟功徳」』に次の偈文を記しています。 「大哉解脱服 無相福田衣 披奉如来教 広度諸衆生」 (この偉大なるお袈裟は、人間のあらゆる執着心、煩悩を除く幸せの法衣である。これを肩にかけ、釈尊の教えを広め、生きとし生けるものを救おう) 出家の意義と発願を自らに言い聞かせる意味で、現在の修行僧たちも袈裟を身に着ける前に、この偈文をお唱えしています。 【暁天坐禅でのこと】 暁天坐禅において、坐睡している修行僧に、如浄禅師は、 「参禅は須らく身心脱落なるべし。只管に打睡して恁麼を為すに堪えんや」 (修行に参じるということは、当然のごとく全ての執着から解き放たれているのだ。なのに何故寝ていられるのか!) と叱咤しました。 この一言から、「一生をどう生きて行けばよいか分かった。修行の方向性が見えて、何をすればよいか、それが何かがはっきりした」と『一生参学の大事』を悟ります。 仏(悟り)を目指すため、修行の努力とは見えないものを探し出すのではない。 全て丸出しであることに気付き、生きている全ての場が修行であることを心得て、今ここで行うべきことを全力で行うことである。 そして衆生がよりよく生きていけるように願い行動する生き方、一生を仏として生きる覚悟をしたのです。 【修証一如(しゅしょういちにょ)】 道元は様々な体験から「仏の悟り(法身・法性)は、人々のその人なりの命の上(分上)に満ち具わっているが、それを実践しなければ実現はしないし、体と行為で証明しなければ自分のものにはならない」という疑滞の答えに至りました。 つまり、仏の性を具えているという事実は、常に発心し、実践修行を繰り返すことによってのみ実証される。 元々から法身(自性の身)であり、法性(法の性)であるからこそ、諸仏は更に志を発し、修行をするのである。 ということです。 道元は、 ◎修行は完結して終わる、のではない。 ◎発心・修行を繰り返し、成仏し続ける。 ◎衆生とともに生きる。 という教えを残してくださいました。 それは「すべてのものは移りゆく。怠らず努めよ」『佛埀般涅槃略説教誡経』(遺教経)というお釈迦さまの教えにもつながるものです。
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空海という人がいた~寺ネット・サンガ 坊コン
坊コン
2019-10-28
令和元年10月17日(木)、寺ネット・サンガ「坊コン」が日本橋のルノワール貸会議室で行われました。 宗祖シリーズ第3回は「空海という人がいた」をテーマに真言宗の名取芳彦さんのお話です。 まずは空海の一生を名調子、芳彦流講談。 ベンベン!! 【誕生から大学中退】 ときは、宝亀5年(774)水無月半ばの15日。 ところは今ではうどんで有名な、四国は讃岐。 瀬戸内をのぞむ屏風ヶ浦に一人の男の子が呱々と産声をあげます。 その名を真魚(まお)。 のちの弘法大師、空海、その人であります。 御歳18歳にして、国で唯一の大学に入り、 蛍の光で『論語』を読み、雪明りをたよりに『孟子』を読破。 ところが、まわりの貴族の師弟を見れば、 家柄ばかりを笠に着て、張り子の虎か、大きな貝を背負った小さなヤドカリか。 家柄自慢に、財産自慢に明け暮れる。 「何のための学問か、人の道たる真の道とは何なのか……」 苦悩に胸は張り裂けんばかり。 まなじり決して、去るは立身出世の学びの館。 【山岳修行と仏教研鑽】 こうして大学を去った真魚少年。 縁は異なもの味なもの。 あるお坊さんと出合います。 このお坊さんが、仏道が人間の皮をかぶって歩いているような人。 すっかりその魅力に魅せられて、伏して拝んで頼んで言った。 「私も出家になりとうございます」 20歳になった真の魚は、昨日や明日じゃない、その名を教海(きょうかい)と改めます。 教えの海という教海という名は、いつしか、空(そら)の如く、空(くう)の如し。 如空(にょくう)と改められます。 お気づきでしょうか。教えの海、そして空の如し。 これで空と海が出揃っております。 さて、如空を空海にあらためましたのは御歳二十と二歳。 「仏教の宗派はいずれもすばらしい。 どれもすべて、お釈迦さまの教えを伝える聖の教えではあるけれど、 それは、まるで百花繚乱だけれども…… これをラッピングするものがない。花束にする教えがない」 【『大日経』との出会い】 ここで出会うは、その名も『大毘盧遮那神変加持経』、略して『大日経』でした。 「おお、これは……。これだ。 私が求めていたこの世のすべてを包み込む、風呂敷のような教えはこの教えだ」 「その教えの真髄を知っている善智識は、わが国にいないだけで、 唐の国に恵果阿闍梨(けいかあじゃり)という大徳がおられると聞いたことがある」 惚れて通えば千里も一里、万里の波濤を乗り越えて、 目指すは唐の都。青龍寺の恵果阿闍梨のおん御許(みもと)。 【いざ中国へ】 当時の遣唐船の船団は四隻。 その第一船に空海。 第二船には、のちに比叡山で天台宗を開く伝教大師最澄が乗り込んでおります。 ほとんど風まかせの船の旅。 洋上を漂うこと30と4日。 ついに『大日経』の真髄を知る阿闍梨の国に到着とあいなります。 空海は、恵果阿闍梨から密教のすべてを授かり、 翌年、奇跡ともいうべきタイミングで帰国します。 【帰国後の活動】 『大日経』の教えを求めた空海が、 ともにたずさえてきたのは、密教だけにあらず。 当時世界の文化の中心ともいえる長安で、 学びも学び、揃えも揃えた、文物知識。 密教はもちろん、気象、天文、地質に医学。 サイエンスの分野から、はては筆の作り方まで。 目に触れ、耳に聞いた、人を救うための手段であれば、 空海は何でも持ってきた。 そして迎えた816年御歳43歳。 朝廷にうかがいたてし、紀州和歌山高野山。 ここを密教修行の道場に、どうじょ、賜りたい。 とにかく、このあたりから空海は、次々と筆走り、 硯の渇く暇もないほどの著作を残します。 【入定と大師号下賜】 禅定のまま、永久に数息断ち、今にこの世に身を留め、衆生済度のご誓願。 「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん……」と ときに承和2年春弥生。835年、3月21日のことでございました。 それから八十有余年。醍醐帝より賜りし、 その名は、数ある大師の中で、高くそびえる大師号。 仏法弘めしその名こそ、弘法大師、その人であります。 (当日の法話をもとに、名取芳彦著『心が穏やかになる空海の言葉』より抜粋)
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日蓮という人がいた~寺ネットサンガ「坊コン」
坊コン
2019-07-27
令和元年7月22日(月)、寺ネット・サンガ「坊コン」が日本橋のルノワール貸会議室で行われました。 宗祖シリーズ第2回は「日蓮という人がいた」をテーマに日蓮宗の吉田尚英さんのお話です。 まずは、イラスト付きのスライドで日蓮の生涯について解説がありました。 誕生から、仏教の学び、法華経との出会い、そして、数々の法難から入滅までの波乱の道のりを年代に沿って説明してくださいました。 ・1222年 安房小湊にて誕生 ・15歳 出家得度 ・20歳 比叡山遊学 ・31歳 立教開宗(初めてお題目を唱える) ・38歳『立正安国論』を述作、以降四大法難に遭う ・38歳 松葉ヶ谷法難 ・39歳 伊豆法難 ・42歳 小松原法難 ・49歳 龍口法難 ・49歳 佐渡流罪(流罪中に教義が深まる) ・52歳 身延入山(弟子の育成と信者の教化に励む) ・蒙古襲来(文永の役) ・59歳 蒙古襲来(弘安の役) ・1282年 60歳 池上にて入滅





寺ネット・サンガのイベント
「坊コン」
オフィス街でお坊さんとコン談!コン親!コンパ!急な参加も歓迎!定番人気の仏教入門イベントです。
「仏教ひとまわりツアー」
お坊さんたちと一緒に仏教ワクワク体験イベント!宗派宗教を超えて、次はいずこへひとまわり?
「その他の特別イベント」
番外編の特別イベントです。楽しんでいただけたかな?またの機会をお楽しみに!